[食]ごはん日記∧料理日記

midori-ramao2010-05-16

・アサリのにゅうめん
・マグロとアボガド丼
・ニシンと茄子の煮物
・キャベツのツナのおかか炒め

天気のいい日曜。午後、隣の駅前のレジャーランドで1時間ほど卓球をして、同施設の漫画喫茶に入り、読みたかったものを存分に読んで、家路についた。
ここまでは穏やかな休日だったが・・・・。

夕食時のこと。ブリ夫は、食事の際、汁物を最後に食べるという悪い癖があり、箸をつけたときにはにゅうめんは延びて汁を吸っていた。それを一気に食べていた時、悲劇は起こった。
「アサリ、殻ごと飲み込んだ!」
一ヶ月前、潮干狩りで取り冷凍していたアサリで麺の出汁を取り、飾り用に殻付きアサリを散らしたのだが、そのひとつを素麺と一緒に飲み込んでしまったというのだ。そして、ブリ夫はすぐに「イタイイタイ」と胸のあたりを押さえだした。まだ事を重大視してない私は「水飲んで指つっこんで吐き出せないの?」と言うも、ブリ夫は顔をゆがめて、トイレの前をウロウロしている。「病院いこうか?」と聞くとうなずくので、財布と保険証だけ持ってマンションを出た。
マンション裏の医師会のビルで急患対応してると聞いたのでまず行ってみる。窓口にいた医者に状態を説明したら、笑みを浮かべながら「十中八九大丈夫だと思いますが、心配なら内視鏡で見た方がいいですがここにはないので、大きい病院に行かれたほうが・・・」と言われる。
ブリ夫の顔がますます歪んできたので、そこを出ていつも何かとお世話になっている2駅先の大学病院の急患窓口にタクシーで向かった。
十分ほど待たされ、診察の後、レントゲンとCTを取る。そしてまた十五分ほど待たされて、「奥さまも一緒に」と二人で診察室に呼ばれる。
最初に診察した若い女医に加え、私と同世代ぐらいの男性医師が我々を待ちうけており、その重々しい雰囲気に嫌な予感がする。
「レントゲンとCTを見たら、食道にアサリが刺さってます。まずは内視鏡を入れて取れるかどうか見てみますが、無理やりとったら殻のとがった部分で食道に傷ついて穴が空いたりして消化液が出て大変なことになります。たとえば重篤になるような危険性もあります。取って食道が傷ついた場合は危ないのですぐに外科手術になります。簡単に取れないと判断した場合も胸を開いての手術になります」
重篤」「危険性」という言葉に呆然とする。隣にいるブリ夫は痛みで顔は歪んでいても元気そのものなのに「重篤」や「危険性」などという言葉をなかなか受け入れることが出来ない。
「とにかく、どっちにしろ今夜は入院になりますので、奥さん、受付で入院手続きをしてきてください」
フラフラしながら受付に行き、入院に必要な用紙に記入し始めるも、動揺して一枚の用紙に数箇所以上書き間違えをする。
受付を済ませ戻ると、担当医師は準備のため、内視鏡センターに移動し、診察室ブリ夫と看護師だけ。
「きっと内視鏡じゃ取れないだろうって医者が言ってた」というブリ夫の言葉にさらに動揺。

ストレッチャーに乗せられ点滴を打たれるブリ夫の横で、「手術になってもいいからなんとか元の元気なブリ夫にお戻しください」と神に祈りながら涙ぐみ、「アサリを殻ごと入れたばっかりにごめん」とブリ夫に謝る。
ブリ夫はブリ夫で「明日、取引先と契約式があるのにどうしよう・・・グラストンベリー行けないな・・・・」と痛みに苦しみながらいろんなことが頭をかけめぐったらしい。そして、涙ぐんでいる私を見て、「俺がもしあさりで死んだら、この人どうなっちゃうんだろう」と考えたりもしたらしい。
内視鏡の準備が整ったと看護師が運ぶストレッチャーについて隣の建物に移動。内視鏡室のドアが開き、ブリ夫が運ばれてゆくその先には白衣を着た医師が数人も待機していて、どうやってアサリの殻を取るか緊急会議を開いていた。
(私は廊下に待たされていたが、その後も次々と医師が入ってゆき、ブリ夫の耳には、入ってきた医師が「何の貝?シジミ?ハマグリ?」と言っていたのが聞こえてきたそうである)
処置が始まった。廊下で待つ私は涙を流しながら八年前に亡くなった天の祖母に「ばあちゃん助けて、ばあちゃん、お願い、なんとか助けて。ブリ夫の胸のアサリを無事に取ってやって」と念仏を唱えるように訴える。そして内視鏡室のブリ夫に向かって「あんたの食道ならやれる。きっと無傷でアサリを吐き出せる」と語りかけた。
時間は経過してゆくが処置は続いている。途中、医者が何人か出入りしたが、扉の前で入れ違いになった医者同士がいて、片方が「終わった?」と聞くと、出てきた医者が大きくかぶりを振った。それを見た私はもう居てもたってもいられなくなって、扉の前に耳を近づけ、中の様子を盗み聞きした。
「○○さん、大きく息を吸ってください!」
「我慢して!我慢して!」
と医師や看護士の声が聞こえてくる。内視鏡初体験のブリ夫はどんなにか苦しんでいるだろうと思うと胸が締め付けられた。
そして。
「とれました!!」という医師の声が聞こえてきた。その瞬間、病院の廊下しかも内視鏡室の扉の前だということを忘れて、私は飛び上がり手を大きく叩いた。
数分して出てきた担当医師が、私に元凶となったアサリを見せてくれた。開いた小さなアサリにはネギがしっかり張り付いていた。たぶん、この医師は市販で売っているアサリのサイズを想像して、内視鏡でとるのは無理だと思ったのだろう。自分達で取ったアサリが小さかったからこそ、ブリ夫は間違って飲み込み、小さかったからこそ内視鏡で無事に取り出せたのだ。
結局、計4回も内視鏡を飲んだブリ夫は、念のためには集中治療室で一晩入院することになった。酸素マスクをつけた老人たちに挟まれたベッドにブリ夫は運ばれた。担当医師に「明日11時半の契約式に出たいんですが」と懇願するも、「午前中、検査して大丈夫だとわかってからの退院になりますから無理です」といわれ、仕方なく翌朝、部長に代わりに出てもらいよう電話することになった。
眠れそうにないから雑誌買ってきてくれと頼まれコンビニに買いに行ってから、ブリ夫を病院に残し、深夜の道を家まで歩いて帰った。
安堵したものの、「危険な状態になっていたかもしれない」という可能性が頭から離れず、ベッドに入っても眠れない。30分ほどで眠るのは諦めて、台所に行きお湯を沸かし紅茶を飲んだ。
しかし、最初に行った裏の病院で「十中八九大丈夫だ」と言った医師は何だったんだろう。大学病院の医師は「あさりの刺さった部分に消化液が溜まってきて時間が経てば傷つきいずれ穴が開く」と言っていた。楽観的だったり辛抱強い患者がそれを信じて朝まで様子を見たらどうなっていたのか?
煙草をやめて十年以上経つが、今夜は久しぶりに煙草が吸いたいと思った。